娘さんがはめてくれた指輪の話

2011年9月

 先日チトラールの町に行ったときに、クラフト活動で現在取り付いている「ぺったんこペンケース」用のファスナーを仕入れるために、糸やらレースを売る店に行った。

 

指輪をくれた娘さんと妹さん
指輪をくれた娘さんと妹さん

 チトラールには数年前まではそういった手芸専門の店はなく、だいたいシャンプーや懐中電灯など日用雑貨ひっくるめて売る店の片隅に、ビーズや小物が置いてあるときは置いてあり、置いてないときはない、運よく見つかればラッキーという、すべて神頼みで買っていた。

 

 この店ができてからは町の中心部から少し離れてはいるが便利になった。しかし、前は店に入って品物を物色できたが、今では店の玄関口に仕切りがしてあるものだから、簡単なチトラール語しかできない私は、あまり愛想のない店の男たちに「あれ見せて、これ見せて」というのもおっくうになり、店が出来たすぐほどに喜んで行かなくなってはいる。

 

 「おばさん、何が欲しいんだ?」と言う店の男にファスナーを見せてもらうと、どうしてこんなものが世に存在するのかと首をかしげるような、きらきらのディスコ調で安っぽいものしかなかった。「黒いシンプルなのはないの?」と訊くと、面倒そうな顔をしながらも、「ここから5軒先の店に何でも置いてあるから、そこに行くとよい」と言うので、行ってみると、新しく小さな女性の小物専門店が2、3軒続きで出来ていた。

 

 私がめざす店には買物をする女性が数人来ていて、私が顔を出すと、2人ばかり外に出なければならないほど狭い店だが、化粧品、手芸品、さらにサンダル、ハンドバッグなどの女性の品物が所狭しと並べられている。黒いファスナーもあった。

 

 店のおじさんが黒いファスナーの数を揃えている間、目の前のガラスのショーケースの中を見ていた私は、チトラール北部の名産品でもある(牛か山羊の)角で作って黒地にカラフルな模様をほどこした指輪が数点並んでいるのを見つけて、「これはいくら?」と指さして訊くと、おじさんは「180ルピー」と答えながら、その一つをショーケースから出してくれた。「えっ、何、180?前は50ルピーで買えたのに」と心で思い、「あ、そう」と言って、指輪をおじさんに戻した。(私の感覚での前だから、後から思うと15~20年ぐらい相当前かもしれない。)

 

 すると、隣で私の言動を見ていた若い娘さんが即座に私の左手を取り、薬指にその角の指輪をはめてくれた。私は一瞬わけがわからず、自分の指にはめられた指輪をぼーと見ていたが、すぐにその娘さんが、私が指輪を欲しいのに高くて買えず諦めた様子を見て、たまたま彼女の指にしていた指輪をプレゼントしてくれたということを理解した。

 

 たまたまそばにいただけで、知りもしない人から180ルピーもする物をもらうのは気がひけるし、指輪も何が何でも欲しいというわけではなかったので、返そうかと思ったが、イスラム世界では人に施しや贈り物をすることは徳の習わしとして根付いているので、ありがたく受取ることにした。記念に写真を撮ろうかと言うと、店の主人の前だったからだろう、うんともだめとも言わずにチャルダーを顔に深く巻き直したので、さっと一枚だけシャッターを切った。

 

 この店でまた会うこともあるかもしれないしと名前を訊いたが、初めて耳にする名前だったので残念ながら忘れてしまったけれど、1日に百回以上手を洗わなければならないルンブールでの生活では指輪をしない私だが、あれ以来、起きている時はこの指輪を中指に付けて、時々じっと見つめてはほのぼの感を味わっている。

 

 ちなみにこのチトラール名産の指輪は、角を削って作った指輪の上に彩色を施してあるのかと思っていたが、よくよく見ると5、6カ所ある模様は埋め込まれていて、なかなか手の込んだ作業だと判明。これで180ルピーは安いと今になってわかった。