ルンブール谷に戻ります。

2012年9月

 サイフラーさんやヤシールからの電話によれば、8月になってカラーシャの谷のセキュリティはやわらぎ、といっても、まだ軍の兵士たちは国境警備のために駐留しているが、数はぐっと少なくなり、ルンブール谷には少しずつ外国人旅行者が訪れるようになったということです。

 

 ルンブール谷を出てから早一年、母親の初盆も済んだので、大急ぎで向こうに戻りたいという気持は山々ですが、11月に父親の三回忌があるので、その後の12月にルンブールに戻ろうと考えていました。チョウモスの祭りにも6年ぶりに参加したいし、冬の間は国境の峰々は深い雪を被り、アフガニスタンから武装勢力が国境を越えて来ることもないので、静かな冬を過ごせます。そして春になったら、母の一回忌に再び日本へ戻ってこよう、と頭の中で計画していました。

 

 それが、うまいぐあいにと言ったらいいのか、天の神様が同情してくださったのか、昨年から現在進行形で制作中のハイビジョン番組の制作会社から、9月半ばから一ヶ月ほどの短期でビデオ撮影に1人で行くよう依頼が入ったのです。もちろん、わたしは喜んで引き受けました。

 

 佐賀での生活が長かったので、頭の切り替えがカラーシャ谷にカチッとまだいかないのですが、現地に行けば、ばっちりスイッチが入り、今度は日本のことがすっかり消え去るでしょうから心配はしていません。今回はビデオの撮影もありますし、そうでなくても谷の治安回復は完全ではないので、「AKIKOの家」での活動はあまりできないと思います。その分、今回7期の活動費でICレコーダーを購入したので、秋の夜長に、お年寄りの昔話や民話をできるだけ録音したいと希望しています。