5月30日の土曜日にカイバル・パシュトゥンクァ州の地方選挙が行われた。いくつかの町村が集まって成すユニオン議会の議員、その議長、それらが集まって成すディストリクトの議員を選ぶ選挙である。新聞によると、今回の選挙では州全体で41,000の議席に85,000人が立候補していた。
ルンブール谷、ブンブレット谷、ビリール谷のカラーシャ三谷は麓のアユーン町と合わせて一つのユニオンになり、このユニオンの議席は以前の22席から今回は、青年、少数派、農民、女性、一般と5種に別れ、54席に増えた。ルンブール谷では青年(1人)、少数派(1人)、農民(2人)、女性(2人)、一般(5人)の議席があてがれ、他に、ユニオン区代表議員とディストリクト議員を5つの政党の中から選ぶようになっている。つまり7種類の投票を一度にするわけで、混乱この上ない。
投票日
投票は午前8時から午後5時まで、いつもの中学校で行われるということで、私も朝9時すぎにダジャリの母さんに付いて投票場に行ってみる。村はずれの神殿近くのテーラーの店先で人だかりがしていたので、見ると、村の若者たちが投票に行く人たちに投票リスト番号を書いた小さな紙切れを渡している。ダジャリの母さんも42番の紙切れをもらう。川沿いの道に出たら、ここでまた村の若者が、投票用紙をどういう風に折るのかを説明している。半分ではなくて三等分に折るようにとのこと。(別なところでは、投票用紙は折らないでそのまま入れるよう言っていた。)
橋を渡って会場に近づくにつれ人が多くなる。中学校の入口前には警官が4、5人立っている。元うちのスタッフで警官になったジャムシェールはヘルメットに防弾チョッキを付けて重装備、ちと大げさじゃないかと笑ってしまった。
会場に入ると、狭い校庭が男女左右に分けてあって待合所になっている。女性側にグリスタンともう1人の娘がボランティアで座っている。一段上のベランダに長机が二つずつ並べられて、夫々に4人の小中教員が投票手続きを行っている。
最初に有権者リスト(IDカードの写真がコピーされているもの)と本人持参のIDカード、紙切れの番号が確認されてから、本人の親指の爪に青インクで確認マークが塗られ、次の教員が3種の投票用紙の冊に、それぞれ本人の投票番号とID番号を手書きで書き、そこに本人の親指捺印を押させてから、一枚ずつ破って渡す。3番目と4番目の教員が別の3種の投票用紙とディストリクト議員を選ぶ政党の投票用紙を、同じような手書きと捺印の後に有権者に渡す。
手続きを行う教員も慣れてないし、IDカードを見ながら10桁以上もある長い番号を手書きで筆記する作業等はけっこうな時間がかかり、ようやく7枚の投票用紙を手にしていざ投票しようにも、ベランダの端にある投票ブースは一つしかないので、ここでも待たされる。
ダジャリの母さんの付き添いということで同行を許されて私もブースに入った。「わたしゃ、よくわからないんで、あんたがやっておくれ」と言われて、私がそこに置いてあるスタンプで立候補者の絵柄マークに印をつけたのだが、投票用紙は7枚もあるし、ウルドゥー語で何か書いてあるがわからないし、印刷も雑なので、私でさえ少し戸惑ったほどである。だから、畑仕事とアウ焼きしか知らない女性たちや年寄りたちがちんぷんかんぷんになるのは当たり前で、投票ブースに入ってじーと考えているのか、何をしているのか、1人で5分以上かかる場合もある。
投票手続きをもっと簡素化して、投票ブースを教室内の角々4カ所に設ければ(男性も4カ所にして計8カ所)、もっとスムーズに行くのにと思ってしまう。「これでは午後5時に終わらず、明日までかかっちゃうよ」と冗談を言ったのだが、案の定、午後遅くなってもちっとも進まず、常に中学校の前の狭い道には200人以上の人がわんさわんさ。急きょ、選挙管理委員の責任者が夜の12時まで投票を延長すると宣言。
このばかげた工程の中で、ヌーリスタンの村など遠くの人を優先して(当然だが)、バラングル村は近いので、村人が何度行っても「もう少し後で来い」と門前払いされて、しまいに面倒くさくなって行かなかった人もけっこういた。年寄りははじめから諦めて行ってない。
そういうことで投票は真夜中1時を過ぎて終了し、その後開票されて、結果が出たのは朝方5時。その間、駆り出された教員(日当が出る)、警官、ボランティアたちには食事も出なかったらしい。
●結果は?
バラングル村では、発電所の運営を担っているザイナの父さんが一般議席に、エリカの父さんと店屋のSKが少数派議席に、シャイバの母さんが女性議席に、他の村のカラーシャたちも青年議席や一般議席に立候補していた。もちろん谷のジープドライバーのチトラ−ル人やヌーリスタン人、定着遊牧民も少数派以外の議席に立候補していた。そのほとんどが文盲で、学校を出た人は1人ヌーリスタン人がいたに過ぎなかった。公職についている人間は立候補できないということで、このあたりの読み書きが出来る大人はたいてい教員か、国境警備隊か、警官か、なんらかの公職についているので、ほとんど必然的に立候補者は新聞も読めない人たちばかりになるわけだ。
ということではじめからしらけた選挙ではあったが、少数派席に立ったエリカの父さんと、一般席候補のザイナの父さんは、他の候補者に比べると、日頃コミューニティに貢献しているので票は取れると思っていた。エリカの父さんは骨つぎ手当やお灸の技があり、村人だけでなく、ブンブレットやアユーンからも手当を受けにやってくるほど頼りにされている。それだけでなく、山林の無許可の伐採を阻止するリーダーの1人でもある。ザイナの父さんは昨年冬から発電所の運営を請負って、以前より安定した電気を谷中に供給している。
しかしカラーシャ村では一番大きいバラングル村のまん中に店を出しているSKは、どう考えてもコミューニティの代表者になるような人物ではない。というよりも真反対の人物だ。店の品物は他よりは割高なものが多い。だから私も彼の店を素通りして、村の下手の店で買うようにしている。だいたい、店屋のくせに愛想がまったくない。いつもブスっとして怒ったようにしている。村の女性たちも「よその店で買ったのを目撃されると、次回SKの店で買おうとしても、あるものもないと言って売ってくれない」「こわい」と言い、評判はよくない。
彼が立候補した理由の一つに、アユーン町の仕入れ先の後押しがある。その仕入れ先はペシャワール方面から期限切れの安い品物を仕入れて、SKにさばかせているわけだ。この仕入れ先はルンブール谷の他の店にも卸しているが、小売り店の売り買いは現金払いではなくツケが多く、店屋はいつだって卸屋に頭が上がらない。卸屋は他の店屋にも「SKに投票しないと、今すぐツケを払ってもらう」とおどし、SKや他の店屋はツケ売りをしている村人たちに同じセリフを言う。
こうしてエリカの父さんの票はSKと入れ替わっていき、しまいに投票日の前夜に、エリカの父さんが圧倒的に支持を受けていた谷の奥のヌーリスタン村に、10万ルピー以上の現金を持たせた人物をこっそり送り、賄賂を使って票を逆転させて当選し、賄賂をつかませる余裕はまったくなく(しなくて正解)、エリカの父さんは落選してしまった。発電所の運営を担っているニサルゲイは一般議席にトップ当選(1議席多かっただけだが)、女性議席も村の女性が当選した。
SKだけがおかしいのではなく、カラーシャ有権者もおかしい。エリカの父さんに無料で骨折の治療をしてもらってるだけでなく、裁判で証人に立ってもらうなど大変世話になっているくせに、そういうことはSKからのツケ買いの後めたさや、店の清涼飲料1本でころっと心代わりをする。
もっと驚いたことは、この春に山林伐採のロイヤルティが政府からルンブール谷の男性全員(赤ん坊も含む)に1人数千ルピーほど渡されるはずだったのが、ヌーリスタン村が権利は自分たちだけにあると言いだし、現在裁判中で、サイフラーさんはそれ以来毎月スワットの裁判所まで足を運んでいる。
ヌーリスタン人がよけいなことを言わなければ、とっくに夫々の家庭にけっこうな現金がもらえて喜ばしいはずだったのに、そんなこともケロっと忘れて、青年議席に立ったカラーシャには投票せずにヌーリスタン人に入れたカラーシャもけっこういて、青年議席はカラーシャは取れなかった。カラーシャは目の前に出された一時的な物しか見えず、大きな視野で考慮することができない人たちだと再確認した。
何にしてもこれらの議席は小さなユニオンの54のなかの1議席で、たくさんの賄賂を使って勝ち取るようなものではない。チトラール・ディストリクトの議席だったら日本でいう県議員のようなものだから力はあると思うが、ユニオンの1議員で何ができる(儲かる)のだろうか疑問ばかりが残った選挙であった。でもでも、日本の選挙事情、投票率の低さを思うと、ここの選挙について呆れたり、笑ったりはできないですけどね。
いつものように写真はFacebookのアルバムに載せますので、そちらでご覧ください。
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