一人去り、一人生まれる/One left, one born

 今日は先月に続き、腎臓に石、上腹部にヘルニアで、逆子8ヶ月の妊婦の検診でチトラールの産婦人科医のクリニックに来たついでにネット作業。チトラールは今月から月曜日から金曜日まではオフィスもバザールも普段通り開いていて、人通りもある。コロナ感染者は南北チトラール地域全体で先日70人だったし、カラーシャ三谷での感染者もないということなので、「コロナなんて作り話だ」なんて言う人までいて、コロナに対してあまり現実感がない。

 私はまじめにソーシャルディスタンスを守り、けっこう家に引きこもっているので、前回のブログの通りの生活が続いていて、話題があまりない。夏場のこの時期、男たちは高地で山羊の世話してチーズやギー作り、あるいは灌漑水路を直したり、牛が畑に入らないように柵を造ったり、または新築している数件の家屋の日雇い作業に従じ、女たちは家事・育児の他に、畑で育って行くトウモロコシの間引きや水入れ作業、桑の実やアンズを収穫して天日で乾かす作業などで忙しく、祭りや行事が少ないこともある。

 

一人去り、一人生まれる。

 

 5月10日におばちゃんが亡くなった数時間後、近い親戚に待ち望まれていた男児がバシャリで産ぶ声を上げた。この家には90歳を越えた寝たっきりに近いおじいちゃん(ジャマットの育ての親)、その息子(60歳ぐらい。ジャマットの従兄弟、兄弟同様に育った)は膝を痛め、息子の嫁さんはここ5~6年の間に全く耳が聴こえなくなった。息子夫婦には一人だけ息子がおり、彼は勉強ができて、職を探していたが、どうも運が悪くて、誰でもなれるようなポリスの職でさえ、身長が少し足りないなどで落とされ、家畜の世話や丸太運びをしている。この彼は早くに結婚して2人の幼い娘がいるが、この家庭にはどうしても男の子が必要だったので、3人目は男児でよかった。

 

 バシャリに12日間滞在した後、母子はジェシタック神殿で浄めの儀礼を受け、男児には小さな弓と刀を持たせて、焼いたパンに空けた穴から髪の毛を少し切る儀礼も行われて、ようやく家に戻ることができる。赤ん坊の父親は店屋のテレビでサッカーを観戦してファンになったのか、生まれた赤ん坊に「メッシ」と名付けた。ムムム。この一族の名はドレメッセなので、私は赤ん坊を「ドレメッシ」と呼んでいる。