カラスに願掛け/ Kaga'yak - Offering prayers to the crow

  新年に向けて白カラスを媒介として祈願するカガーヤックが12月28日夜から翌朝にかけて行われた。

 この日はチョウモスでの焼いたのに続き、2度目の肉入りパンを、男たちは山羊小屋で、女たちは家で焼く。チョウモスのゴシニック(七五三)で山羊を捌かなかった家は肉がないのでチトラールから買って来た牛肉やヤク肉を使うことになる。クルミパンもたくさん焼く。

 

 こちらではまな板を使う習慣がないので、骨のついた肉の塊を2人で持ち、引っ張りながら細かく切る。肉切り包丁などなくて切れないナイフでやるのでえらく時間がかかる。石の上ですり潰したザクロ、クルミ、コリアンダーの種、唐辛子、塩を切った肉に混ぜて、クルミパンの要領でストーブの上と中で焼くわけだが、焼く時に溶けた肉の脂でパンの端っこが破けたりするのでこれもテクニックがいる。しかし焼き上がった肉パンはほんとうに美味しく、ワインとよく合う。

 

 近年は金回りもよくなって毎年新築の家が多く建てられていて、それも昔のように主屋だけというのでなく、たいていは別室も造るのでスペースの余裕はある。主屋でやるのなら、人をたくさん入れるためにベッドや家財道具を外に出したりしなければならない。

 

 しかし、祈願のために人を入れるといっても、大人だけでなく子供たちも大勢集まり、むしろ子供らが大人より多いぐらいだが、そのガキらは祈願どころか暗がりでワイワイつつき合ったり、駄菓子をクチャクチャ食べたり、ひどいのは靴のまま棚や窓に登ったりで、全く統制が取れない状態になる。どうして子供を制御しないのか理解に苦しむ。翌朝祈願が終わったら、部屋はひどいことになっていることが多く、私もずいぶん前にジャマットの新築の部屋で開いた時にうんざりした経験をしている。

 

 ご利益よりも部屋が汚れるのを嫌う若い世代が増えてか、自ら手を上げてカガーヤックを自宅でやろうという者はなかなか現れなくなっているようだが、今年はビリール谷で教員をしているアラカーンの嫁さんが「学校の冬休みで夫の家に戻るから、夫の家でカガーヤックをやって欲しい」と電話をした。彼女には5、6歳になる娘がいるが、その後なかなか子供が出来ないので子供が授かるよう祈願してほしいとのことらしい。

 

 昔ながらの窓もないアラカーンの主屋ではベッドが外に出されて部屋中ビニールの敷物が敷かれて準備されていたが、夜10時になっても祈願の歌をリードすルはずの年配の女たちは姿を見せない。子供らは靴のまま敷物の上で騒ぎまくっている。

 

 実は、カラーシャの伝統文化を守るためにと、パキスタン政府は各三つの谷で男女合わせて各30名ずつ「カジ」(宗教文化の長老)に任命して毎月1万ルピーの給料を与えている。ルンブール谷も30名ものカジがいるが、それはほとんど名だけのもので給料泥棒に他ならない。

 

 だいたいカジのリストを作ったのが汚職まみれのカラーシャ州議員とその取り巻きなので公平ではないのだが、給料もらっているのなら、行事があるときぐらい、村人を先導しなさいよと言いたい。というか私は実際、その夜カジの女リーダー格の家に文句を言いに行った。みんな親戚だし、文句言って後々人間関係がおかしくなるのも嫌なので、かなり我慢しているが、少しは言わないと彼らは自覚しないと思うのだ。

 

 文句が聞いたのかどうかはわからないが、10時半ぐらいから大人たちも集まり始めたので、私は1時間ほどで会場を去った。祈願するのは、健康、繁栄、山羊の増産、災難・禍の回避など一般的なことから、例えば「イヨ〜白カラスよ〜、この日本からやってきたバーバに長命を」などの具体的な願いも混ざる。誰かがリードすると、みんなでそれを2度繰り返す。これを明け方まで行う。

 

 うっすら夜が明けてきた頃に白カラスは飛び去ってしまうので、全員家に戻り、煮た豆とクルミを器に入れて会場の外に集まる。今度は普通の黒いカラスに向けて囃し歌を歌う。

 

「早く姿を見せてよ。ずいぶんと待ちぼうけ食わせるじゃないかい。こんなに待たせるとは、途中で子供でも産んだのかい。糞喰らいのあんたら」などへんちくりんな歌を歌い、空が明るくなって、本物のカラスが空を飛ぶのを見たら、煮た豆と割ったクルミを右手で空に向かって投げつける。投げつけた後、豆とクルミを一口食べる。今年は私が駆けつけたときに、誰かが他の鳥とまちがって投げつけ、みんなつられて投げてしまい、私はシャッターチャンスを逃して写真撮影は成らなかった。最後の写真は2021年1月5日のものです。