サジャットの母さんに同行
およそ1ヶ月ぶりにチトラールに行った。ちょっとした買い物があったのと、サジャットの母さんの付き添いを兼ねてのことだ。しょっちゅうチトラールに出て慣れているカラーシャ女性ならともかく、普通は町に出る際は男家族同伴で行く。しかし彼女の夫は今は収穫期で作物を収穫したり、それらを背負って運んだりで非常に忙しい。それに彼は基本牧夫なので、町のことはとんとわからず、高い物を買ったりするので、町ではあまり役に立たない。私の方がチトラールのバザールには詳しい。
実は腎臓を悪くしてチトラールの病院に4日間入院していたサジャットの母さんの実父がペシャワールで手術することになったので、この日ペシャワールに実父がチトラールを出る前にサジャットの母さんはぜひ会っておきたいということと、彼女の「べナジール・インカム援助金」を受け取りに行くのである。
チトラールのターミナルに着いたら、うまい具合にペシャワール行きのバスに乗るためにお店に座っていた彼女の実父に会えた。大変痩せて、歩くのもよろついていて、それを見たサジャットの母さんは涙を溜めていた。
ここ何年になろうか、簡単な病気以外はチトラールの市民病院で治せなくなっている傾向がある。チトラールにはMRIもCTスキャンもあるのに、医者は面倒臭いのか、すぐに「ここでは無理だ。ペシャワールに行きなさい」とペシャワールの医者に紹介状を出してしまう。もちろんペシャワールに行って治れば良いが、薬で治ると言って戻されたり、下手すると全く良くならずそのまま亡くなってしまったりするので、サジャットのアーヤのように「これがお父さんとの最後の別れかも」と思って悲しくなるのもわからないわけではない。
ペシャワールの病院に行くといっても、簡単ではない。付き添いが患者に付き添う人と医者たちと話ができる人、薬を買ったり食事を運んだりする人などで男性の場合は最低2人、女性の場合は3人ぐらい必要とくる。医療費も高いし、付き添い人が泊まる宿代、食事代、交通費などで、1回ペシャワールに治療で行くと10万、20万ルピーはかかるらしい。ただ、警官、教員、役人などの公務員の家族は治療無料の制度があると聞くが、そうでない病人はたまったものでない。サジャットの母さんの弟が警官なので、実父の手術は安くなるだろうが、成功するよう祈るばかりだ。
べナジール・インカム支援金
この支援金はパキスタン人民党が政権をとった2010年代に、2007年に暗殺されたベナジール・ブットー元首相にちなんで、経済的に恵まれない家庭の女性たちに現金給付をする制度が始まったが、事前調査がいい加減なので、必要のない公務員の家族の女性や比較的裕福な家庭の女性もちゃっかり受け取っていたりする。最近は月に3500ルピー計算で、3ヶ月に一度ルンブール谷にも担当役人が来て女性一人に10500ルピーを支給する。
支給時は、インターネット接続のコンパクトな機械に女性のIDカード番号を入力した上で、指の指紋を機械に押し付けて確認することになっている。しかし先日のルンブール谷のオフィスではサジャットの母さんの指紋は何度やっても機械が読み取れず、現金も給付してもらえなかった。ちょうど収穫期で、クルミやとうもろこしの実を剥いたりの作業で、手は真っ黒けでカサカサになり指紋の溝もわかりにくくなっているというのだ。
彼女の夫は高地の放牧地で、カラーシャの冠婚葬祭に欠かせない山羊の群れの面倒を見て、チーズやギーを作り保存する作業をしていて、現金収入はほとんどない。夏祭りに交代で高地から戻ってきてからは、収穫の力作業で牧夫仕事以上に大変そうだ。
例えばこの数日間は、朝早く種ヤギを雌ヤギの群れに混ぜるために、再び放牧地に行き、1泊して夏場に作ったチーズの塊20キロ以上背負って戻ってきた。その翌日早朝、村から1時間以上登ったサンドリガに行って収穫していたクルミ30~40キロを背負って戻り、そのまま休む暇なく私のクルミの木に登って、長い竿でクルミの実を落とす作業を5時間。その間水も飲まず。私は落ちたクルミの実を拾うだけの作業で腰が痛くなり、4時間で切り上げてしまったのに。そして私の木の後には、ジャマットの木にも登って夕暮れまで実を落としていた。たいした物も食べていないのに、よく体が続くもんだと感心する。
私のクルミはチョウモスで使ったり、自分で食べたり、友人にあげたりするので売ったりしない。サジャットの家の数本のクルミは冠婚葬祭に使う分以外は売却して貴重な現金収入になるはずだが、現金収入がないので、村の店や麓の町の小売人から小麦、とうもろこしなど、日用品をツケで買うので、その引き換えでだいたいは持っていかれるという。
私自身の用事を済ませて、サジャットの母さんが支援金を受け取る場所に行くと、彼女は浮かない顔して、「ここでも、私の指紋を機械が読み取らない」と言う。「えー、じゃお金もらえないの?」「機械が読み取らない以上、お金はくれないよ」
「彼女のような人こそ、一番支援金が必要なのに、何ということじゃ」と私はプンプン怒って、担当役人のところに行く。ちなみに場所は受け取る女性たちが多すぎてオフィスでなく、サッカーグラウンドの観客席の踊り場が当てがわれていた。机が1脚置いてあって、そこで2人の担当のおじさんが指紋読み取り機を操作している。その周りにチトラール周辺から来たシャワール・カミーズ姿のムスリム女性たちが取り囲んでいる。
しばらく順番を待って、「ちょいと失礼。彼女にもお願い」とサジャットの母さんを促す。担当官はサジャットの母さんのクルミ剥きで真っ黒になった手のひらを一瞥して、「何だこりゃ、えらく汚いじゃないか。こんなの無理だ」と軽蔑したような言葉を投げかける。「冗談じゃないですよ。この手は朝から晩まで汗水垂らして働いた証拠じゃないですか。こういう女性にこそ援助するための支援金じゃないんですか。もしダメだったら、あなたのボスにお願いするしかない」と私が言うと、担当者はサジャットの母さんの左右のいろんな指の指紋を機械に押し付けて、しまいに機械の画面の模様がグルグル回った。「コングラチュレーション」との担当者の言葉に私も思わず拍手。彼女は無事10500ルピーを受け取ることができた。
ビリール谷のおばさんたちも
喜び勇んで出口に向かうところで、「うちらの指紋も認識しなかった」というビリール谷のカラーシャおばさん2人が、「バーバ、うちらにも同行してくれ」と言うので、再び一緒に行くことに。1人目のおばさんも何本か指をトライさせられていたが、そのうち「コングラチュレーション」の担当者の言葉が。2人目はわりあいすぐに画面がグルグル「コングラチュレーション」。よかった。よかった。
担当のおじさんたち、「オタクがいると、指紋が認識する。まだ認識できない人がこんなにいるから」と、観覧席にずらりと座っているチトラール人の女性たちを示しながら、「オタクがずーとここにいてくれたら、みんな助かるんだけど」と笑顔で言うのだ。これは全くもって指紋認識のシステムの何らかの欠陥と、担当員が丁寧にやらないからで、私が魔法をかけたわけではないのに、何か問題がすり替わっている。私も苦笑いするしかなかった。
ビリール谷のおばさんたちはすっかり喜んで、ランチをご馳走するから一緒に食べようとオファーしてくれるが、「さっき食事したから、食事はいいよ。でも今度ビリールに行ったら、ワインを飲ませてね」と私。おばさんたちは「もちろん、プーの祭りでも、チョウモスの祭りにでもいらっしゃい」と言ってくれた。ビリールはブドウがたくさん採れワインで有名なのだ。これでいつか将来、ビリールでワインが飲めるぞ。
チトラールの最近のスナップ
以前は中央アジアの田舎町のような雰囲気があったけど、バイパス道路ができ、コンクリートの複合ビルができ、今やペシャワール付近の町とあまり変わらなくなった。